「やることやったら、やりたいことやっていいよ」という言葉の裏にある意味

中1の長男。
自分で計画をたてて、
勉強をしていくということが、
かなり
できるようになった・・・かな。

入学してから1年間。
新しい環境で
どうなることかと、
正直心配して、
心配しすぎて、
必要以上に口を出し、
長男を潰しかねないところまで、
いかせてしまった事も
ありました。


ハワイに行ってからもう一年経ったのね・・・

小学校までは、
一緒に歩んできたのに、
中学に入ってからの
切り替えで
親も息子も
うまくできなかったことが、
1年もかかってしまう
ということに
なってしまったのかなぁと。

毎回、毎回

「やることやったら、
やりたいことをやっていいよ」

 

と伝えていた私。

この言葉の裏には、

「どーせ、
終わりきらないだろう。
この言葉を聞くことで、
やることがたくさんあると、
気づけやっ」

 

という意地悪な
母の気持ちもあった。

息子を信じていなかった。
息子はまだまだ
未熟だと思い込んでいた。

 

そんなところでしょうか。


一年前はまだ私よりも小さかった長男(左端)

でも

だんだんと息子の
学校の勉強や行事への
取り組む姿勢などを見てきて
そろそろ見守ろうと
思い始めたのと、

息子の春休みの課題とか、
私はもう把握しきれないし。
(息子は学校とのやりとりは
息子のパソコン上だし。)

なので、
たまーに

「今、何やってんのー???」

とか

「順調?」

と聞くくらいで抑えていた。

息子も

「今、英語〜。おわんないっ」

「今、数学〜。めちゃ難しい」

そんな簡単な会話。

今日は、夕方から
Switchでゲームを始めていた。

いつもゲームは1時間だけと
しているけれど、
1時間経ってもやめない。

「1時間経ったよ。」

と言ったら

「大人もやることやったら、
好きなことやってるじゃん。
オレもやることやったから、
ゲームやっているだけ。」

とテレビ画面から
目を離さず応える

おお、そうだな。

ええぞ、自分でやることやったと
思っているのなら、
好きなだけ好きなことをやってくれ。

ゲームをしている
息子の後ろ姿に
子供時代のあどけなさが
なくなったように
見えました。

もう母の出番は
それほどなくなってきたんだな。

新学期からも
その調子で頑張れよー。

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